So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン

今ならきっと言える(早春)

旭橋.jpg

二十歳の頃、最北の海辺の町に住んでいた少女に恋をしていた。
僕の住んでいた旭川からその娘に会いに行くには汽車で半日かかった。
一年に何度会えたかな?
就職もせず、ただ夢だけを追いかけていたバンドマンの卵には
時間だけはたっぷりとあったけど・・・。

 その頃作った歌なんだ。

早春(今ならきっと言える)  詩と曲 武沢俊也  

紅く染まったガラスを透かして 
夕陽に翳る街並みを
あの頃 よくあいつと
部屋の窓に腰掛けて
飽きもせず 眺めていた

話すことなんて 何もなかった
風と一緒に 二人の何かが
夏の空に流れてしまうのを 感じながら
何も言えず 空を見てた

今ならきっと言える
ありふれた言葉が
あの頃の僕には なぜか言えなくて
ゆらゆら揺れる 淡い空の色に
あのまま溶けてしまった


冬枯れた街路樹の下の
簡単な別れのことを
どうして痛みもなく
忘れることができるだろう
僕には分からない

今ならきっと言える
ありふれた言葉が
あの頃の僕らは なぜか言えなくて
早春の街を 行く当てもなく
どこまでも ただ 歩き続けた

陽は沈み 月は昇り 時は流れてゆく
君といた時間を 思い出せなくなる
淋しくて振り返る あの夏の空も
季節の向こうに 遠くなる







 
nice!(0)  コメント(3)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 3

カサ

兄貴、お久しぶりです、お元気そうで何よりです。
当時、永山のスタジオに入り浸って?おりましたカサです。
僕のことを覚えていますでしょうか?
あれから、30年以上の月日が流れてしまいましたが
兄貴の曲は変わっていないですね、アップ曲を全て聴き終えて
懐かしい昔のものと、あたらしいものと、どちらもいかにも兄貴がつくったという曲で、本当に懐かしくて思わずグッときてしまいました。
そういえば、23~24年位前の札幌での安全地帯のコンサートで、一度お会いしたことを覚えていますでしょうか?
当時の厚生年金会館で偶然にも兄貴たちは僕たちの2~3列前にいました。あの時は、挨拶をしただけで何も言葉を交わせなかったのですが・・・
もし、可能であれば今度ゆっくりお話できないかと思います。

by カサ (2011-03-16 14:28) 

choruspapa

 カサ君、元気ですか。もうあれからそんなにたってしまったのですね。浦島太郎になった気分です。機会があれば会いましょう。平岡ジャスコの島村楽器から、カサ君の友人の方から問い合わせがあったと、連絡がきました。人見知りがいまだに治らないオヤジなので、お許しください。カサ君のマーシー時代の曲で、印象に残っている歌があります。カーテンから朝の光が差し込んで、どこかで忘れ物を見つけれそうな気がする・・・みたいな感じの内容の素敵な曲でしたね。今でも音楽は続けているのですか?
by choruspapa (2011-04-14 00:17) 

kasa

兄貴、有難うございます。
僕が高校生の時につくった曲を兄貴が覚えていてくれたなんて感激です。
昔、前座をやらせてもらっていた頃、確か1回しか演っていない曲だと思います。
何しろ作った本人が殆ど歌詞を覚えていませんので(;^ω^A (
兄貴も何処かにそんなこと書いていましたね)

実は、僕はこの約30年間、音楽は封印してきました。(いろいろ、ありましたから)
ですから、当時の音楽仲間とは誰とも今は付き合いはありません。
しかし、昨年、安全地帯の復活を見て、僕の何処かで虫が疼きだしてしまい
今は、こんなことして遊んでいます。↓
http://www.youtube.com/watch?v=hxo_LIFOOws
(へたくそなので、武沢兄貴に怒られそうですが(;^_^A)

相棒は、昔、安全地帯が上京した後に空いた永山のスタジオで練習していた某バンドに
一時期参加していたb4さんです。
兄貴の以前のブログの「夢のままに」にコメントを書込みしているb4さんと同じ人です。
(実は島村楽器に問い合わせをしたもの彼です。彼は兄貴の曲の大ファンなんです。)

兄貴、もしも気がむいたら僕にメールを下さい。(m_k17580@yahoo.co.jp)


by kasa (2011-04-15 22:12) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は180日以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。